12. 摂食障害とパーソナリティ障害
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1. 思春期・青年期と精神障害
思春期・青年期は子どもという依存的存在から大人という自立した存在への移行期
身体の急激な成長や第二次性徴の発言などの生物学敵側面を表す概念 そのような生物学的変化に対する心理的適応過程を指すもの
このような心身両面の劇的な成長にともなって、成人同様の内面的な葛藤が体験されるようになり、同時に様々な精神疾患が発症しはじめる 精神機能がヒトとしての成熟段階に達するにつれ、疾患の発生や経過もまた成人のパターンに移行していく
高校生以降では成人で見られるほとんどの疾患で発症の可能性が出てくる
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疾患そのものの特等は成人のそれと同様であるとしても、思春期・青年期に統合失調症や双極性障害などの慢性疾患に罹患した場合、病気と戦うことにエネルギーが奪われ、学業・友人作り・アイデンティティ確立といった重要課題の遂行が妨げられることが少なくない 時には、病気であることが「負のアイデンティティ」として人生のあり方を規定することも起きる
早期から効果的な治療を行って病気による機能低下を最小限に抑えるとともに、思春期・青年期の本来の課題を達成できるよう配慮することが必要
2. 摂食障害
伝統的には心身症の一型として扱われてきたが、発症年齢・性別・症状・経過など特有の臨床像をもつので、思春期・青年期のメンタルヘルスにおける重要なテーマ 初発例の大部分は13~20歳の女性
運動競技やバレエのためのダイエット、周囲から体型について指摘されたこと、ライフイベント・ストレスなどがきっかけとして挙げられるが、特にそういったきっかけが認められないことも多い
主な症状は摂食拒否と高度のやせであり、やせるための不断の努力と、身体像(ボディ・イメージ)の著しい障害が認められる 「食欲がない」「食べると気持ちが悪くなる」などと主張して頑固に摂食を拒否し、休息に体重が減っていく
ただし、過食/排出型の存在からもわかるとおり、食欲は特異な形で抑えられているのであって「無食欲」ではないとの指摘がある
隠れ食い、食べ物を隠す、ポケットに甘いものを入れて持ち歩くなどの行動や、熱心にレシピを集めたり他人のためには調理したりすることから、抑えられた食への関心が見て取れる場合もある
こうした状況に対する否認の強さはこの疾患の大きな特徴
「やせてない、空腹ではない、疲れない」の3つの「ない」が認められ、高度にやせていてもなお「太っている」と主張し、食べないまま活発に活動し続ける
こうした基本症状については患者による違いが少なく、病像が驚くほど似ている
頑固で負けず嫌い、強迫的、自己中心的で他人に厳しいといったパーソナリティ特徴が指摘されることもある 否認の強さから分かる通り治療動機を持つことは難しい 早期には無月経を主訴として婦人科を受診する場合があり、進行して栄養失調をきたした段階では生命維持のために入院治療が必要となるので、こうした受診機会を生かして精神科の治療プログラムへつなぎたい
ただし、入院中はこうした治療が奏効しても、退院すると悪化し、外来での治療が難航することが多い
神経性やせ症はうつ病を高率に合併するため、これに対して抗うつ薬が用いられる事が多いが、食行動の異常そのものに対する薬物の効果は確立されていない 発症のメカニズムについて、かつては女性としてのアイデンティティ獲得の障害や、親とりわけ母親との関係などが強調されたが、これに関するエビデンスは得られていない 体質的な素因も想定されるが、全体像は不明のまま
神経性やせ症は先進国に多く、アメリカでの有病率は思春期女性の0.5~1%と報告されている
予後は多様で、軽快・治癒するものから慢性長期化するものまでさまざまであるが、死亡率は5~20%までの報告があり楽観できない
経過とともに神経性過食症の症状を示すケースが30~50%あり、こうした移行は神経性無食欲症の発症から1年半以内に多く見られるという 条件
その間は摂食行動を抑制できない感覚があること
体型や体重が自己評価に過度の影響を与えており、不適切な代償行動を行っていること
不適切な代償行動
この結果、反復する過食にもかかわらず肥満は認められないことが多い 従来の非排出型を過食性障害と名付けて別のものとした 併せて、過食性障害のB~E項目に特徴を追記している
過食性障害は、A項目に示される過食エピソードの反復は神経性過食症と共通 違い: 不適切な代償行動が認められず、過食行動に関する恥や罪責感をもち、過食を苦痛と感じている
神経性過食症よりも病態としては軽いもの
この程度の過食行動が若年女性にかなり広く見られることを反映したものとなっている
神経性過食症は体型や体重が自己評価に強く影響を与えている点で、神経性無食欲症と共通しており、前述のように無食欲症から過食症へ移行する例がかなりある こうした例では、後述のように過食・排出が自傷行為の1つの形として行われ、リストカットなど他の自傷行為としばしば併存する 当然ながら、安定した治療関係を維持することは簡単ではない
これに対して、過食性障害では過食行動を不自然・不適切と感じる傾向が顕著であり、過食後の苦悩も強いので、治療動機を持ちやすい
物質乱用やパーソナリティ障害の合併は少なく、長期化する場合もあるものの予後は比較的良いとされる
一般に過食行動は、ストレス状況における不適切な対処行動(ストレス食い)として現れることが多く、過食性障害はその延長上に考えれば理解しやすい 神経性過食症や過食性障害では、症状の重さ、患者の置かれている状況、パーソナリティ傾向などを吟味し、治療法を個別に検討する必要がある
3. パーソナリティとその障害
3-1. パーソナリティと精神疾患
個人差を生み、その人らしい考えや行動を作り出す内的なシステム
personalityは人格と訳されることが多かった 日本語では「人格の尊厳」という表現があるように、精神機能や資質を越えたその人自身を表す、深い意味を持つ言葉
これに比べると、パーソナリティはより表層的・可変的なその人の属性であり、評価や修正の対象とできるもの
パーソナリティの問題が精神疾患の背景にあることは以前から注目されていた パーソナリティ障害という考え方はこうした病前性格論とも通じるが、結果として他の精神疾患を生じるのではなく、パーソナリティの逸脱そのものが原因となって不適応や問題行動を繰り返す場合を指している
パーソナリティは思春期・青年期にほぼ完成に達するから、パーソナリティの問題が顕在化してくるのもこの時期
パーソナリティ障害のなかでもよく知られるもの
そもそも1980年代にBPDが注目を浴びたところから、パーソナリティ障害全般に対する関心が急速に高まった
かつて思春期境界例などと呼ばれたように、若者の心理と深いかかわりをもつものと考えられている 症例 p.193
症例からも読み取れるように、感情や自己評価が乱高下して非常に不安定
対人関係では依存心と敵意の双方が強く認められ、相手を理想化するかと思えば一転して非難攻撃するなど、両極端の間を揺れ動く
治療関係も同様であり、治療者自身が感情の渦に巻き込まれて治療の行方を見失ったり、治療枠を踏み越えた要求や行動化への対処に疲弊したりすることが起きやすい
一時的に短期間の精神病症状を呈することがあり、こうした症状や不安・抑うつに対して薬物が処方されることも多いが、治療薬に対する依存や薬のまとめ飲み(over dose: OD)を起こし、かえって治療が混乱することがしばしば 患者が示す対人関係の急転は、分裂した対象イメージが交互に現れることで説明されるという
DSMはBPDについても症候論に基づいた操作的な診断基準を設けているが、上述のような理論的背景を無視して症状ばかりに注目すると、本質を見誤るという批判もある 不安耐性が低くて治療枠を守れず、問題を起こしがちの患者を安易に「ボーダーライン」とみなすといった過剰診断は、実際に生じていることなので注意が必要 BPDは思春期・青年期の女性に多い
原因として幼児期の外傷体験を想定する説がある一方、遺伝的素因の関与も検討されている
この障害に見られる衝動性や情緒不安定性、見捨てられ不安などは、変転きわまりない現代の日常や、孤独な現代人の心性に適合するとの指摘もある
典型的なBPDは症状が激しく不適応も顕著であるが、その症状や病理の一面を自分自身のなかに見出すことは、思春期・青年期の人々には珍しくないであろう 3-3. パーソナリティ障害の診断と分類〜DSM-5に沿って
10種類のパーソナリティ障害は大きくA~Cの3群に分けられ、各群にそれぞれ3, 4つのパーソナリティ障害が挙げられている table: DSM-5におけるパーソナリティ障害の分類
パーソナリティ障害 主な特徴
持続的な強い猜疑性を特徴とする
人に利用され、だまされるのではないかとの疑いを常にもち、友人や仲間も信頼できない
何気ない言葉のなかに誹謗・攻撃・侮辱などを読み取り、怒りを持って執拗に逆襲する
こうした認知について自分の側に原因を認めず、もっぱら他人の責任を問うのも特徴
訴訟好きや、嫉妬深い配偶者などのなかに見られるという
親密な人間関係に対する欲求を欠き、他人からの称賛や批判に関心がなく、常に孤立して行動する
感情を表すことは滅多になく、性体験に対する興味が乏しい
冷たくよそよそしい印象を与えるが、加工された攻撃性としての冷たさではなく、そもそも対人関係に喜びを感じないもの
「魔術的(magical)」と形容される奇異な思考や独特の信念、関係念慮、妄想様観念などのために疎通性が障害され、安定した社会関係や親密な人間関係をもつことが難しい シゾイドパーソナリティ障害と統合失調型パーソナリティ障害は、名称が示すとおり統合失調症と類似し、前者は陰性症状、後者は陽性症状をそれぞれ連想させる 実際に統合失調型パーソナリティ障害は統合失調症患者の血縁者で有意に多いとの報告もあり、これらの生物学的な関連が示唆されている
B群: 劇的、感情的、移り気などの印象を与える群; 反社会性と自己愛性は男性に、境界性と演技性は女性に多い 他人の権利を平然と無視・侵害する思考・行動様式が特徴で、詐欺・暴行・契約違反などの犯罪や大小さまざまの違法行為を反復しながら、良心の呵責を覚えることがない
衝動的で将来の計画を立てられず、自分や他人の安全を顧みないといった特徴をもつ
犯罪報道の際にしばしば話題となってきた
前節参照
もっぱら人の注目を引くことに関心をもち、そうでないと楽しむことができない
注目を引くために、大げさで芝居がかった感情表現や身体的演出、ことに性的な魅力を多用する
被暗示性が強く、感情の影響によって記憶が左右されやすいとの指摘がある
自分は重要人物であるという誇大な感覚と、これに基づく利己的な行動が特徴
特別な存在として厚遇されるべきだと確信し、過剰な賞賛を求め、尊大で傲慢な態度をとる
特権意識をもち、他人を自分のために当然のごとく利用する
他人の気持ちに対する共感を欠く一方、嫉妬したり、他人が自分に嫉妬していると思い込んだりする傾向が強い
1990年代以降、「自己愛」は社会現象との関連で注目度が増した 核家族・少子化、インターネット・携帯電話・ゲームなどの普及、経済の長期停滞といった背景のもと、現代人は抽象的な人間関係と仮想の現実のなかに引きこもって、自己愛的な傾向を膨らませやすいとの指摘がある
C群: 不安や恐怖が強く、周囲にもそうした印象を与える群 人から拒絶されることを極端に恐れて社会的に引きこもる
シゾイドのおうに社交への欲求がないのではなく、交流を望んでいながら否定的評価への恐れが強いため、無批判に受容される確証がないと踏み出せないもの
自己評価が低く、臆病・恥ずかしがり屋といった印象を与え、信頼できる友人をもたない場合が多い
名称の通り極端な依存性を特徴とする
他人に世話をしてもらい、代わりに責任を負ってもらいたいという強い欲求がある
このため従属的でしがみつくような人間関係や、分離・孤独に対する強い不安を示す
習慣・規則などの生活秩序やものごとの細部の正確さにとらわれ、完璧を追求する結果、柔軟性・開放性・効率性などが損なわれ、窮屈で堅苦しく萎縮した印象を与える
周囲の状況や対人関係を自分のコントロール下に置くことへのこだわりとも解釈できる
仕事などを人に任せられない、無価値なものまで捨てられない、金銭的にケチといった特徴を併せ持つ
その他のパーソナリティ障害
そうした場合に用いられる診断名
パーソナリティのあり方は多種多様であり、パーソナリティ障害も異常に挙げた類型に限られるものではない
DSM-5はそのような場合に備え、特定不能のパーソナリティ障害という診断がつけられるように配慮している
3-4. パーソナリティに注目する意義と注意すべき点
精神医学において診断が重要であるのは、患者が抱える問題を適切に理解して効果的な治療・援助を行うため これはパーソナリティ障害に関しても例外ではない
パーソナリティの理解が深まれば葛藤や問題行動が予測しやすくなり、患者とともに対策を考えることもできる
そのような意味で、ある程度のパーソナリティ評価は診断面接のなかですべての患者について行っておくことが望ましい
パーソナリティ障害の診断は、こうした日常作業の延長上になされるべきもの
治療の効果が上がらなかったり、患者の問題行動に悩まされたりした際に、安直な説明をパーソナリティ障害に求めて適当なレッテルを貼るというのでは、発送が逆転している
パーソナリティ障害の診断は、他の疾患以上に「レッテル」が侵襲的な意味を持ち、スティグマを生むものとなりかねない DSM-5のパーソナリティ障害の分類は、これをそのまま診断に用いるよりも、パーソナリティをみたてる際の参考リストとして活用するのが有益 たとえば、極端に非社交的な人がいた場合、以下の点を区別することは、その人を理解し援助するうえで極めて重要
そもそも人と交わる欲求がないのか(シゾイド的か)
交わりたいと願っていながら恐れや不安のためにそうできないのか(回避的か)
ある人が目立ちたがるのは…
誇大な自己感覚ゆえか(自己愛的か)
注目を浴びていないと不安で自分が保てないのか(演技的か)
執拗に繰り返される確認が…
依存性によるのか
強迫性によるのか
このように、パーソナリティに関するみたてを行いつつ面接を進めることによって、日々の診療をより豊かにしていくことができる
パーソナリティ障害は様々な要因が複雑に関連して生じるものと考えられるが、ここでも先天的・体質的要因と後天的・環境的要因に分けて考えることが有用
前者に関連して、最近では発達障害との関連を指摘する説がある 発達障害の存在に気づかずに不適応行動を繰り返すことが、パーソナリティ形成に支障をもたらすとする考え方であり、これによってパーソナリティ障害の大半は説明できると主張するものもある
一方、パーソナリティの形成にあたって、家庭を始めとする基本的な人間関係の影響が大であることも疑いない
パーソナリティをめぐる問題の統合的な理解は将来の課題として残されている